ごあいさつ

福智 寿彦大会長 福智 寿彦 障害をもつ人の気持ちを理解すること。
他人を理解すること。
それは簡単にはできないことです。
しかし、簡単ではないからやらなくてもかまわないということはありません。理解しようと努めること、興味をもち、近づき、声をかけ、手を握り、肩を並べ、考えながら、苦しみながら、時に諦めながら、それでも何らかの形で他者とつながりをもつことが人には必要だと私は考えています。 一方で、障害者を理解した気になっている治療者は偽物だとも思います。障害者は、24 時間常にその障害と共に過ごしています。わずかな時間、断片的にしか障害者と接することがない治療者がたどり着ける理解と、障害者自身の理解との間には大きな隔たりがあります。 私はてんかん専門医でもあります。てんかん発作を治療によって止めることができたとしても、知的障害や精神症状、発達障害や身体障害がある場合には、社会参加することがなかなか難しいということを痛感しています。また、精神科の専門家の多くは知的障害や身体障害、発達障害自体を診ることがないため、それらの障害にてんかんを併発した患者さんに対しどう対応して良いかわからず戸惑うことが少なくあり ません。 ましてや、知的障害があっててんかん発作もコントロールされていない難治例を前にすると、てんかん専門医にやれることはないと逃げ出そうとすることさえあります。自分の専門としていない障害についても理解しようと真剣に動く姿勢を治療者が持ち合わせていなければ、「リハビリテーション」という言葉は虚しい綺麗事でしかありません。 また、障害者同士の間でも無理解に起因する様々な問題が起こりえます。統合失調症などの精神障害をもつ人、てんかん患者、知的障害を伴う人、身体障害を伴う人が精神科デイケアで一堂に会すると、同じ障害をもつ人だけで集まる場ではみられないような独特のトラブルが発生するのです。デイケアに限らず、地域社会でも同様のことが起きるものと思われます。

身体・知的・精神の三障害が同等に障害者雇用算定基準に採用されたのは記憶に新しいですが、異なる障害をもつ人同士がどのように相手を理解しようとするのか、理解しあえなかったとしてもどのように繋がりながら社会で生きていけば良いのかということが、今まさに突きつけられていると言えるでしょう。これらのことから見えてくるのは、三つの障害や健常者がわざわざ区別されることで成り立っている旧来の治療制度の無意味さと虚しさです。

私は、障害のある人もない人も共に暮らす社会の実現を目指して診療にあたっています。今回の愛知大会では、異なる障害をもつ人同士、障害者と健常者との間で生じるコミュニケーションのあり方、そしてそこから見えてくるこれからの精神医療の可能性についても、大いに議論できる場になればと考えておりま す。

2019 年12 月吉日
日本精神障害者リハビリテーション学会第28回愛知大会
大会長 福智 寿彦
(医療法人福智会 すずかけクリニック院長)